築山有城
roundabout / ラウンダバウト

2017年2月17日(金)- 3月18日(土)

[火 – 土]11:00 – 19:00
[日・月・祝]休廊

[オープニングレセプション]
2月17日(金)18:00 –

彫刻家 築山有城は4カ国から14名のアーティストやリサーチャーが参加したレジデンスプログラム See Saw Seeds の一員として 2016年の3ヶ月間、アラブ首長国連邦のドバイに滞在しました。本展はその成果として現地で制作発表された大型のコラージュ作品の日本における初公開となります。

本展のタイトルであるラウンダバウトとは欧州や中東でよく見られる信号のない環状の交差点を指します。築山は4メートル超の支持体に、現地の新聞や雑誌から切り取ったアラビア語のテキストで巨大なラウンダバウトのイメージを描き出しました。車が流れ込みそして出て行くラウンダバウトは中東地域のハブとして繁栄するドバイの街やその活発な交流の様子と重なりますが、作品イメージを構成する数千枚の紙片に記されたテキストはアラビア語を解さない者にとっては意味を成さず、情報を読み取ることはできません。それは、相互理解を伴わないグローバリゼーションの急激な進行が民族や宗教間の深刻な対立を生む世界の現状を我々に想像させますが、同時に、地道な手仕事によって積み重ねられた圧倒的な大画面、明るい色調からは、ディスコミュニケーションが我々にもたらす絶望感を打ち消すかのようなポジティブなエネルギーをも感じることができます。ドバイで慣れないアラビア語に囲まれ、ラウンダバウトで立ち往生した経験は、異文化、異なるルールの中に存在するということを築山に強く意識させました。ハサミなどの道具を使わずに、自らの手指のみで作品に対峙することは彼がドバイで感じた疎外感や無力感を克服するために必要な、祈りにも似た行為であったのかもしれません。

1976年に生まれた築山は京都造形芸術大学で彫刻を学んだのち、出身地である神戸を拠点に活動してきました。彼が扱う素材は、金属や樹脂、木材、塗料など多岐に渡りますが、制作の出発点は常に素材そのものにあります。彼自身が「遊び」と呼ぶ実験を繰り返すことで見出される素材の特性を作品主題の一部とするその手法は、膨大な量の手仕事とともに築山の制作活動を特徴づけています。また、近年では、展示空間そのものを素材として捉え、物質的な素材と相乗させるインスタレーションも手掛け、その表現の幅を広げています。

協力:TEZUKAYAMA GALLERY、C.A.P. 芸術と計画会議、See Saw Seeds、Tashkeel、Dubai

宮崎啓太
逆さのバベル

2016年11月18日(金) – 12月18日(日)

[レセプション&トーク]
11月18日(金)18:00 –
トークゲスト:筧菜奈子

[火 – 日]11:00 ‒ 19:00
[月・祝]休廊

ロンドンを拠点に活動する彫刻家・宮崎啓太によるおよそ7年ぶりの日本での個展を開催いたします。東京藝術大学の工芸科で鋳金を学んだのちに英国王立芸術大学院の彫刻科を修了した宮崎は『The Independent』紙への掲載や、ロンドン市街地に彫刻作品を1年間展示するアートプロジェクト「Sculpture in the City London」への選出などを経て注目を集めています。

宮崎の近作の特徴は、自動車のパーツ、滑らかなブロンズ、そして細密な手業によって加工された紙やフェルトといった、異質な素材たちの融合にあります。 時に彫刻は鉄道の発車メロディーやスーパーマーケットのBGMを発する音響システムを内蔵し、視覚と聴覚の両面から私たちを揺さぶります。アクロバティックな調和のもとに生み出されるその造形美は、私たちの五感を鮮烈に刺激するとともに、内包する多義的なコンセプトによって、現代社会の抱える複雑な問題を投げかけます。

今回の個展で彼が主題として取り上げるのは“バベルの塔”。「神は塔を建てる人間に怒り、人々の言語を分断した」という神話的なエピソードで知られるモチ ーフに、コスモポリタニズムやその反動ともいえる極端なナショナリズムが進行する一部の現代社会の状況を、宮崎は重ね見るそうです。“現実と幻想”“世俗性と崇高性”といった相反的要素の混成体としての機能をアートに見出す彼は、自らの作品によって現代における一種の浄化や創造性の回復を目指します。 本展では、バベルの塔をモチーフにした5メートル級の作品を軸に、宮崎啓太の最新作を展示いたします。

荒木由香里
眼差しの重力

2016年9月30日(金) – 10月29日(土)

[オープニングレセプション]
9月30日(金)18:00 –

[火 – 日]11:00 ‒ 19:00
[月・祝]休廊

愛知県を拠点に活動する現代美術作家・荒木由香里の東京での初個展を開催します。

フランスでの滞在制作を経て参加したブリュッセルでの展覧会「WABI SABI SHIMA」(2015年)や、愛知県美術館での個展(2012年)の開催などで活躍の場を広げている荒木は、同系統の色=モノトーンの素材を集積させた立体作品の制作に2010年から取り組んでいます。身近な装身具や日用品などが無数に重ねられたそれらは、一見すると女性的な華やかさに満ちているようにも感じられるでしょう。しかし彼女の作品に対峙することで立ち現れてくるものは、もっと異形な“何か”かもしれません。

荒木は以前から「どんな素材も同等に扱う」という言葉を口にしてきました。動植物から工業製品に至るまで、普段は決して隣り合わない様々な物たちが「同じ色」というルールの元に束ねられる時、それらは従来の機能や意味を引き剥がし、その形と色を強調して未知の生命体のように迫ってきます。そこに訪れるのは、当たり前だと思っていた価値観や先入観が歪み、書き換えられていくような感覚。彼女のテリトリーの中では、集められた素材と私たちの感覚がともに異化されていくのです。

今回荒木は、万物に働く「重力」を展覧会のテーマに据えています。この世界を支配する重力を、彼女はどのように捉え、捻じ曲げていくのでしょう。そこには荒木の作品にしかない新しいものの見方、眼差しが宿るはずです。

*

眼差しの先に在るもの

いろんなもので溢れる、埋もれる。
何を選ぶかがその人を取り囲む。形作る。成り立っている。
見ようとしないものは見えない。
ちょっとだけ視点を変える。
再構築する。
空間に切り込む。
見えているものは何だ?
どんなものにも色がある。物と色は切っても離せない関係である。

私は2つのことに取り組んで制作している。

1 モノトーンで集めて再構築する、そうする事で見えてくるものがある。同じ色の呼び方でも、その形や要素やイメージは全く違う。
その色とものの関係を見て行くと、今のその色の捉え方で「いま」という世界をほんの少し知る事が出来る。

2 立体について。立体のものに常々興味がある、というか立体でしかものを考えられない。何かである固形物。空間に「ある」もの。それが「居る」から空間が生まれる。空間に浸食するもの。
立体物を作るという事は、どのような空間を作るかという事。なのかと強く思う。

この2つを軸に、今回は「重力」を意識したい。
重力は立体物を作る上で必ずつきまとってくるもの。
重力はどこに居ても働くもの。重力があるからそのものの重みを感じる。
重みはそのものである。
「在る」ことは「見る」ことである。
「見る」ことでそこに「在る」ことがわかる。
「重力」は全てのどんなことにも「在る」。
「重力」があるということは「在る」ことであり「見る」ことにつながる。
と、思う。
人は見たいものしか見ない。
見ようとするものしか見えない。
違うことを考えていると、目の前のものに気がつかない。
モノトーンの作品を作るといろんなことに気が付き見えてくる。
今回は一旦ある限定の色で集めて見えやすくしたものを、少し見えにくくすることでより注意深く「見る」ことをするための装置としての空間を試みる。

この展覧会を見たあとに、少しでも世界が違う見え方がしますように。

荒木由香里

森夕香・戸張花
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2016年9月7日(水) – 9月23日(金)

[オープニングレセプション]
9月7日(水)18:00 –

[火 – 日]11:00 – 19:00
[月]休廊

日本画家・森夕香と彫刻家・戸張花による2人展を開催いたします。独自の身体感覚を絵画で探求する森と、細密かつ重厚な鉄の彫刻を追求する戸張。一見すると異質な組み合わせですが、その作品に深く接していくと思わぬ共通点が浮かび上がってきます。

2人の作品を考えるキーワードの1つに“境界線”が挙げられるかもしれません。森が「自然と人間」「自分と他人」といった様々な事物が持つ境目への意識をなくしていくことを理想とする一方で、戸張の制作では「目に映る部分と隠された部分が共存する表裏一体の関係性」が大きなテーマになっています。境界線の超越、もしくはその内外の融合といった志向性は2人に通底するものです。

あるいは使用する素材へのこだわりや、それを選択する理由を比べてみるのも興味深いでしょう。熱によって変形し、時とともに錆び朽ちていく鉄の性質に、戸張は「自然の流れ」 を見出します。「自然のように人の心を動かす作品」を目指す彼女にとって、溶接を重ねていく長い制作過程は不可欠なものです。他方で森は「心地よい実感のある絵肌」を求め画材を選択します。日本画の美人図が持つ、触れたくなるような肌の表現。油彩特有の湿度感や温度感。「五感の記憶を刺激する絵画」を生み出すべく、森は作品によって画材を柔軟に変えていきます。異なるジャンルでありながら、自らの深い実感に基づき素材の選択と制作を行っている点で、彼女たちは密接にリンクしているといえるでしょう。

意識と感覚、自然と人間、絵画と彫刻……2人の作品に深く触れることで、さまざまな境界の内外を行き来し、新世代のアートの一側面が軽やかに照射されるような展覧会となれば幸いです。

近藤恵介・古川日出男
ダンダンダン。タンタンタン。

2016年8月11日(木・祝) – 9月3日(土)

[火 – 土]11:00 ‒ 19:00 *初日のみ 16:30 –
[日・月]休廊

[公開制作]
「今、生まれる譚」8月11日(木・祝)16:30 –

[オープニングレセプション]
8月11日(木・祝)18:00 –

画家・近藤恵介と小説家・古川日出男による2人展を4年ぶりに開催いたします。2011年の「絵東方恐怖譚(え・とうほうきょうふたん)」 そしてその再解釈として2012年に開催された「覆東方恐怖譚(ふく・とうほうきょうふたん)」に続く3度目の展覧会です。

本展のタイトル「ダンダンダン。タンタンタン。」は2人による即興的な制作セッションから生まれました。事前の打ち合わせなく紙を挟んで向かい合い、近藤が線を引き、それに呼応した古川が文字を描き込むというスリリングなやりとりを繰り返す中で、“物語”を意味する「譚」 の文字は「淡」を経て「談」へと変化。最後には漢字の持つ意味からも離れ「ダン」「タン」とリズムを刻むように重なっていきました。

この音の重なりは展示内容とも密接にリンクするものです。本展の会場である LOKO GALLERYの建設現場を下見に訪れた2人は、高い天井を持った真新しい展示空間から触発され、絵画 / 文字を柱のように積み重ねていくというアイディアに至りました。「ダンダンダン。」は 工事現場の作業音、ギャラリーが立ち上がっていく音であるとともに、作品が積層する音でもあります。会場には複数の物語のレイヤーが 絵画となって積み上がり、“説話集”のような展覧会が生成されるでしょう。そしてそれらは観る者の視線によって結ばれ、真の完成に至ります。「タンタンタン。」という音節には、会場に響く鑑賞者の足音や階段を登るリズムといった要素も秘められているのです。 加えて今回の展覧会には、近藤と古川の恊働の原点ともいうべき「絵東方恐怖譚」の出品作も登場。2人の共鳴の歴史が多角的に浮かび上がります。

これまでの文字と絵画による試みを引き継ぎつつ、全く新しい段階へと踏み出す3 度目の展覧会にご期待ください。

 

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“描く”と“書く”の手元のこと

上にある展覧会の内容説明の文はぼくと古川さんが書いたり話した内容をギャラリーがまとめたもので、読んでもらえれば展覧会の趣旨はわかると思うので、ここではもう少し細かい、筆や万年筆が紙に触れる感触くらいの些細なことを。

“描く/書く”ことが“書く/描く”ことを呼び込んで、それが連続して積層して作品ができているのだけれど、“描く”と“書く”を別々の人間が行っているので、それぞれの行為を引き受けて次を“描く/書く”ことになる。絵具の層の上に文字が書かれたり、更にその上に線が引かれたり。そこには必ず齟齬が生じるので、いつものようにはいかない。例えばキーボードで文字をタイプするときに滲むことはない。滲むことは“書く”に予感されていないので、どうしても戸惑うし、滲まなかったことにはできないから、滲んだことで一度立ち止まる。つまずく。

今回の制作中、古川さんはよく文字を見失っている。単純な書き間違いもあるし、存在しない漢字を造ることもある。普段とは違う支持体に書いていること、原稿用紙とはマスの幅も違うし場合によってはそれすらないこと、あるいは筆記具が違うことも原因のひとつかもしれないのだけれど、そうやってふと文字がほぐれたり変態するときに、ぼくたちは目を合わせる。

「譚」が「淡」「談」「ダン」「タン」と変化するように、「タ」と書こうとしたら勢い余ってふたつ書いてしまって「多」になって、その指先の動きの余韻でグルグルっと文字を消したときの手の運動をぼくは“描く”に引き取ってクルクルっと線を引く。

2016.7.11 近藤恵介

 

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公開制作「今、生まれる譚」のこと

普段、絶対に断わっていることがふたつある。ひとつは、「家のなかを見せてほしい」という依頼。これは、そこであなたの仕事中の写真を撮りたいから、等の理由が添えられたりもする。僕にとって、家の内部はそのまま「目下取り組んでいる作品のための、拡張された脳内」のようなものなので、他人をそこに踏み込ませることはない。次いで、断わることのふたつめ。「小説を執筆している姿を見たい、仕事場にカメラを据えて映像に撮らせてほしい」等の依頼。これも拒む。しかしながら、近藤恵介とやっているこの共同制作で、僕は何度も、他人に「今、ここで書いている姿」を晒している。どういうことなのだろう? ギャラリー内でモノを作る時、スタッフその他が見ている、撮っている、しかし気にしていない。それはどういうことなのだろう?

過去に二度、近藤とは公開制作を行なった。それは強烈な体験だった。と同時に、僕(たち)にとってだけ、意義深い体験だったわけではないらしい。立ち会ってくれた人が、その強烈さを言葉に換えてくれたこともある。つまり、公開制作とは、それを「見ている」者たちをも確実に巻き込む。より正確に言えば、その「見ている」人たちに僕と近藤が巻き込まれている。

ギャラリーの展示とは何か? 普通に解説したら、それは「すでに書かれて/描かれているもの」を鑑賞することだ、となるだろう。しかし公開制作においては「書く/描くという行為」を鑑賞することになる。それは鑑賞というワーディングでは言い表わしきれない何事かになる。なぜならば、それは場に、作品に、力を及ぼすからだ。鑑賞ではない鑑賞、あるいは目撃。しかも公開制作を眺める者は、沈黙しつづけているだろうから、僕と近藤も沈黙しつづけているだろうから、黙劇。
目撃し、黙劇を生む、この劇的な時間に、僕(たち)はみたび向かう。みたび包まれる。

2016.7.26 古川日出男

 

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2016年8月31日(水)

「今、生まれる譚」が生まれたたタタン、ダン。
公開制作の記録映像作品「『今、生まれる譚』のいち記録」(河合宏樹監督)
ライヴ・コメンタリー付き上映 + トーク

[開場]18:45
[上映・トーク]19:00 – 20:30
[出演]近藤恵介・古川日出男・河合宏樹

展覧会初日に近藤と古川によって行われた公開制作の模様は、映画監督・河合宏樹によって映像として記録されました。今回のイベントでは、その作品「『今、生まれる譚』のいち記録」を近藤・古川・河合の生コメント付きで上映し、展覧会場での三者のトークも実施いたします。あの日あの場所で2人の制作をご覧になった方もそうでない方も、映像という多角的な視点から白熱の創造の瞬間を追体験していただけます。イベントへの入場は無料です。どうぞお気軽にお越しください。

和田昌宏
Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv

2016年7月8日(金) – 8月6日(土)
[火 – 土]11:00 ‒ 20:00 *オープン時間延長
[日・月・祝]休廊

リビングに寝そべる巨大な蝿、崩落する金塊の山、炙られる木製のケバブ、山道を疾走するサラリーマンと山姥—これまで和田昌宏が作中に採り上げてきたモチーフは、極めて多彩です。しかし一見カオティックなこれらの要素は、ひとたび和田の手によって構成されることで、名状しがたいメッセージや物語の気配を放ち始めます。そして作品の姿形が変わろうとも、そこには彼のオリジナリティに満ちた世界が立ち現れるのです。

近年の和田作品における特徴の1つは、大掛かりな可動式のセットと、ストーリー性を持った映像の融合であるといえます。たとえば《主婦のためのスタイリッシュなハエ》(2012年)には、ドラム型洗濯機のように激しく回転する部屋や、そこで暮らす巨大な蝿と主婦などが登場しました。人物やセットは映像の中に収められていることもあれば、画面を飛び出して展覧会場にテリトリーを広げることもあります。和田にとって「映像」や「彫刻」あるいは「インスタレーション」といった様々な表現手段は渾然としてひとつです。

今回の個展の企画段階には、作家の断片的な言葉と、そこから導き出された展覧会タイトルと1枚のドローイングがありました。まず和田が挙げたのは「燃えながら転がっていく球体」「個室ビデオ」「マクロな宇宙的視点から観たミクロな個」などのキーワード。タイトルの数式はアインシュタインの一般相対性理論における「重力場の方程式」で、ドローイングに描かれた網目状の曲線も重力場がモチーフです。これらの題材は映像を基軸にした1つの作品にまとめられていきますが、最終的にどのような形式・内容になるのかは作家本人を含め誰にも予想がつきません。和田の触手によって集積されたアイディアやモチーフは、いつも完成直前まで重ねられる迷宮的な実験と配合の末に最終形態へと集束するからです。

さらに地下1階の展示には、和田が活動の拠点とする「国立奥多摩美術館(MOAO)」のメンバー数名も参加。彼のホームベースともいうべき奥多摩の異空間が代官山の地下に出現します。

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[アーティストトーク]

7月23日(土)17:00 ‒
出演:和田昌宏 × 藤原隆男(京都市立芸術大学 教授)
トークゲストは宇宙物理学を専門とする藤原隆男教授です。宇宙や重力といったモチーフが重要な意味を持ち、アインシュタイン方程式がタイトルにすえられている今回の展覧会。宇宙、物理、そしてアート……様々なジャンルを縦横無尽に駆け巡るトークの展開が予想されます。イベントの観覧は無料です。ぜひお気軽にお越しください。

▼藤原隆男(ふじわら たかお)
1953年兵庫県生まれ。1983年京都大学大学院博士後期課程(宇宙物理学専攻)修了,理学博士。専門は銀河力学,宇宙論。1985年より京都市立芸術大学美術学部で物理学,数学などを担当。2000年代にはJAXAと京都市立芸術大学との共同研究「宇宙への芸術的アプローチ」に参加。現在,美術学部教授。