Triadic Surfaces
安部悠介・影山萌子・渡辺佑基

2018年8月3日(金) ‒ 8月25日(土)

[オープニングレセプション]
8月3日(金)18:00 ‒

[火 ‒ 土] 11:00 ‒ 19:00
[日・月] 休廊

安部悠介・影山萌子・渡辺佑基によるグループ展「Triadic Surfaces」を開催いたします。20~30代の若手ペインターである三者ですが、作品にはそれぞれの目指す世界と独自の造形の萌芽が既にはっきりと現れています。

安部悠介の絵画に頻繁に登場するのは、架空のモンスターや巨大な迷路、幼少期に親しんだ昆虫や魚釣りといった一見チャイルディッシュなモティーフたちです。彼が好むテレビゲームやカードゲーム、自然豊かな山形で過ごした少年時代の記憶、あるいはサブカルチャー的な領域への視線、といった具体的要素もそこには少なからず含まれているでしょう。しかしそれらの融合によって安部が真に追求しているのは、絵画の中にのみ根付きうる、名状しがたい未知の世界とでもいうべきものです。近年の作品では描かれる像の抽象性が高まり、通常の絵画制作では扱われないような素材を含めた多彩なマテリアルが掛け合わせられることで、複数の異次元世界の断面が積層したかのような異様な画面が形成されています。ストイックかつ実験的な制作によって生み出される強力な作品群からは、既存の絵画やアートに対する問題提起も窺えるでしょう。

影山萌子の作品にみられる正統的な油彩技法や、一見してそれとわかるイマジネイティヴな絵画世界は、幻想や超現実といった言葉で捉えられてきた近現代美術の系譜を連想させることが多いかもしれません。しかし影山の制作の発端にあるのは多くの場合、自らが実際に接した身近な事物です。 たとえば彼女が抱く重要なテーマの1つには、現代の都市開発とそれによって掘り返され急造されていく街や建物の歪さが挙げられます。彼女はそのテーマを、設置された場所に馴染んでいない奇妙なモニュメントや、謎の生命体のようなモティーフに仮託して描いてきました。近作ではそれらの存在感を保ちつつ、空間や状況の設定を操作することで、一見歪な主題たちにポジティヴな意味を与えていくといった試みも行っています。彼女の実感によって結ばれてきた現代社会の暗喩としての風変わりな像たちは、絵画世界の中で自律性を強め、より複層的な文脈を持ち始めているようです。

渡辺佑基が制作において常に意識しているのは、物質の表面が持つ質感です。彼の作品の多くは、日用品や玩具、人体の一部などのさまざまな物質の質感を丹念に描写するとともに、時にはその物質の形状に切り抜いたシェイプド・キャンバスを用いるといったフォーマリズム的構成を施すことによ って成立しています。そこには単なる写実性のみならず、何らかの質感を構成し絵画化することによって発生する新しい視覚への挑戦があります。渡辺は「物質の表面を構成していくことによって生まれる、平面でも空間でもない空白地点のようなところに新しい何かが広がっている気がする」とも語りますが、計画的な制作と工芸的ともいえる精緻で滑らかな仕上がりの裏で誘起される、異空間に接続されるようなパースペクティヴは彼の作品の大きな魅力といえるでしょう。

全く毛色の異なる三者ですが、一見ポップで親しみやすい表層の背後に形容し難い批評性や形而上的な気配を漂わせている点では共通しているか もしれません。本展が3人の清新なポテンシャルとモチヴェーションに触れていただける機会となれば幸いです。

5月 25日[幸田千依]展覧会情報を公開

6月22日(金)から開催する展覧会 幸田千依「より道の灯」 の情報を公開いたしました。

幸田千依
より道の灯

2018年6月22日(金)‒ 7月28日(土)

[火 ‒ 土] 11:00 ‒ 19:00
[日・月・祝] 休廊

 

[オープニングレセプション]
6月22日(金)18:00 ‒
*19:00頃より 53235 氏による弾き語りライブを開催いたします。

一人歩く道すがら ふと 景色に見つめられていることに気がつき 立ち止まってしまう時がある
自分のこれまでと 今 目のまえが邂逅し 景色と目が合う瞬間だ
その時私は 景色 と呼ぶものの中にある全てが そこに「すでにあった」こと と
それを知覚する「自分がいたこと」の両方を強烈に意識する
景色と見つめ合いながら 視点は大きく伸び縮み 境目にある皮膚に鳥肌が立つ
ふつふつ力が湧くような 目が離せなくなるような 大いなる肯定の感覚に打たれる
高揚した意識は目を輝かせて 広がる景色をさらにはっきりくっきり確かめる

起こるまでは予測不能なようでいて 後々振り返ると いちいちピタリと合致 もする
自分と アラウンド ザ 自分以外のものの作用
すべてが絶えず動いて明滅する星のようで それぞれの軌道 その無数の交差の中 意識と景色は引き合っているように思う
それが どうも二つの目のあたりで不意に 出会うように思う
全てひっくるめた感覚を 状態を 目に焼き付け 覚えていたい そこに否定は有り得ない
そのシーンはいつまでも消えず 周囲も自分も見えない暗闇の途中にも 確かな灯りになるはずだから 星を動かすものだから

それを絵にする遅さは現実だが それでも出来うる限り描き
毎度毎度の事ながら 泣いたり笑ったりの中で 誰かの肩をつついて横に並び ほら、など言って束の間 その灯りを共にみたい
それぞれの道の途中 無数のより道でまた出会いたい

 

*

 

画家・幸田千依による個展「より道の灯」を開催いたします。国内外各地のレジデンスプログラムへの参加を軸にした活動や、2017年のVOCA賞受賞などでも注目を集めてきた幸田は、近年その制作のモードにさまざまな変化を見せています。

彼女の作品の特徴の1つに、多数の視点が1枚の絵画上で統合される点が挙げられます。幸田が描く景色や人物の多くは実際に彼女がその目に映してきたものですが、1つの画面上に1つの瞬間だけが描かれる、ということはあまりありません。たとえばかつてプール監視員のアルバイトを務めていた頃、長いあいだ彼女の網膜に焼き付いていたのは、水中を移動する群衆とそれに伴って発生する渦巻きの様子でした。彼女はそのモティーフをたびたび画中で取り上げてきましたが、それらの作品のいくつかにはその時々で記憶に残った山や森などの別の光景、あるいは政治デモやインターネットといった社会的要素が加えられています。異なる時空間に紐付いた複数の視点たちは、幸田の確かな実感のもとに合成されることで新しい美しさや奇妙さを湛え、絵画上にしか存在しえない “プール” の光景を私たちに提示してきました。

近年の幸田は、視点の複数性という特性を保ちながら、より広範な視野を絵画上で展開する傾向にあるといえます。太陽や空が支配する遠景、小さな家や道の密集=街並みからなる中景、そして自らの視座の存在を示すかのように草木が繁茂する近景。これらが1つの画面上で統合された作品群は、一見すると平穏な風景画のように見えるかもしれません。しかしこれらの作画過程で幸田は、単に印象深かった風景を組み合わせるのではなく、自らの視線、さらに言えば眼が動いていく際の個人の “癖” のようなものを自覚することを常に強く意識してきました。そしてそれは絵の描き方への自覚、加えて自らの人間性や思考、社会的な立ち位置の自覚へと敷衍されていきます。その上で幸田は、今見ることのできる景色のあらゆる要素に—良きものにも、好ましくないものにも—“なんらかの視線” を注ぐような制作を目指してきました。彼女の絵画の中では、遠景でも近景でも、全てのものに均質的な色と形のバランスが与えられています。ここで端的に示されているのは、自らの移ろう視点や自分を取り巻くあらゆる要素を画面上で調和させ、1つの光のもとで肯定する、という意志です。いわば画中の主役を明示しないその筆触の均質性は、鑑賞者に自分自身の視点で絵の中を歩き回ることを促し、絵画と対峙する自らの視座を自覚させる機能をも有しているでしょう。こうしたさまざまなインタラクティブな作用を経て、幸田の絵画はさらなる複層的な視点を獲得していきます。

本展では、これまで地方でのレジデンスを中心に活動してきた幸田にとっては珍しい「渋谷でのレジデンス」という経験と、そこで遭遇した “小さな夕方の冒険” をもとに生み出された1枚を含む最新作品群、そして現在に至る視野の変化が読み取れる過去作品群を同時に展覧いたします。印象派やキュビズム、あるいはシュルレアリスムといった近現代絵画の血脈を感じさせつつ、自らの現代的 / 現在的な “生” そのものを着実に絵画化していくかのような幸田千依のダイナミックな作品群をお楽しみください。

松原健
Spring Steps

2018年5月18日(金)‒ 6月13日(水)

[オープニングレセプション]
5月18日(金)18:00 ‒

[火 ‒ 土] 11:00 ‒ 19:00
[日・月] 休廊

松原健による個展「Spring Steps」を開催いたします。映像や写真を主たるメディアとして扱い1980年代から精力的に活動を展開。さまざまなオブジェクトやインスタレーションを伴って多角的に展開する作品群により国内外で注目を集めてきた松原ですが、LOKO GALLERYでの個展は今回が初となります。

彼が近年の制作において一貫して抱き続けているテーマの1つが “記憶” です。たとえば松原の作品に用いられる古いファウンド・フォト / オブジェクトは、それ固有の重厚な歴史的背景やノスタルジアの気配を感じさせる一方で、シンプルかつ清新な作品構造の中で匿名性を付与されることにより、鑑賞者の記憶と共鳴し全く新しい像をも結んでいきます。そこにはストレートな問題意識や郷愁のみならず、視覚芸術にのみ宿りうる、ある種のポジティヴな躍動が共存しているといえるでしょう。記憶の反復や循環、共鳴といった諸作用から生じるそのような力学について、松原はセーレン・キェルケゴールの「反復と追憶は同一の運動である」「追憶されるものはかつてあったものであり、それが後方に向って反復されるのに対し、ほんとうの反復は前方に向って追憶される」という言葉を引きながら語っています。

今回の個展では、松原のキャリアにおいて初となる「ダンス」をモティーフにした作品群が、映像とインスタレ ーションを軸に展開されます。戦後日本の復興期における文化的シンボルの1つともいえるダンスホールや 社交ダンスは、当時の若者の憧れであった欧米的な洒脱さの象徴であると同時に、アジアの近代化や植民地支配といった問題と背中合わせになった存在であるともいえます。そのような複雑な背景を顧みつつ、松原はかつてこの国で「ダンス」という文化が持っていたダイナミックな熱量を自らの作品の中に召喚し “追憶” することで、未来へ向かう新しい磁場の生成を目指します。

平松麻
waft / vacant

2018年4月18日(水)‒ 5月12日(土)

[オープニングレセプション]
4月18日(水)18:00 ‒

[火 ‒ 土] 11:00 ‒ 19:00
[日・月] 休廊

(*5月3日・4日・5日は開廊いたします。)

目に見える存在と目に見えない存在のあいだにある揺らぎが、景色を広げる。
そこでは雲が境を溶かし、境だと思い込んでいたところにこそ雲が浮かぶ。
気配に価値をおくことのできる日々が絵画の中にある。
そう思い、描いている。

*

画家・平松麻による個展「waft / vacant」を開催いたします。

絵画制作を中心に活動しながら、近年ではさまざまな書籍などへの挿画でも注目を集めている彼女の作品は、静謐な異界の息吹を感じさせるモティーフと、油絵具の積層・掘削・研磨の繰り返しが生み出す重厚なマティエールで、鑑賞者をその絵画世界へ誘います。

平松は一貫して、自らの体内にある広大で荒涼とした土地の姿を絵画に落とし込んできました。現実の世界を凝視して いると、その世界の存在が揺らぎ、別の土地の姿が立ち現れる瞬間が訪れる。その重要な瞬間に現れるもののことを彼 女は「気配」と呼びます。彼女がたびたび画中で取り上げてきた「雲」という非固形の存在などは、その揺らぎの気配を象徴するものだといえるでしょう。

これまでの平松は現実世界と自らの内側に広がる世界とを別の領域として捉えてきましたが、近年ではその2つの境目が溶け合うようになってきたとも語っています。そしてそういった相反するさまざまな要素を制作の中で等しく扱うことは、 彼女が抱く大きなテーマの1つでもあります。平松にとって絵具を塗り重ねていくという行為は、異なる世界の間隙に点 在する「気配」を結わき、画面上に定着させるためのものなのかもしれません。

心象風景への沈潜、そして絵具との格闘によって自己の絵画を探求する平松麻の、最新の作品群をお楽しみください。

和田昌宏
MASAHIRO WADA FILM WORKS

2018年3月23日(金)‒ 4月14日(土)

[オープニングレセプション]
3月23日(金)18:00 ‒

[火 ‒ 土] 11:00 ‒ 19:00
[日・月] 休廊

 

協力:青梅ビデオクラブ

和田昌宏による個展「MASAHIRO WADA FILM WORKS」を開催いたします。本展は“昔話”を題材に彼が制作してきた近年の映像作品群を軸に構成される展覧会です。

和田はこれまでに「さるかに合戦」「こぶとりじいさん」「山姥」などの昔話を作品化してきました。多くの日本人が知る童話性の高いエピソードを着想源としながらも、原作のイメージとはかけ離れたシリアスな映像と重層的な構造で展開していくこれらの作品は、私たちが生きる現代社会の様相や、人間の精神の深淵を炙り出すかのように鑑賞者に迫ります。

またこれらの作品でたびたび用いられている、建築物のような可動式インスタレーションを映像の中に敷衍するとい う手法や、炎・肉・闇・煙といったプリミティヴかつ魔術的なモティーフの数々などは、近年の和田作品に通底するものです。これらの象徴的な要素からは、映像やインスタレーション、パフォーマンスといった多岐にわたる美術表現への、和田によるダイナミックな実験と挑戦を観取できるでしょう。

本展では前述の昔話を扱った3作品を中心に、神話や民間伝承にまつわる他作品・スケッチ的な素材なども織り交ぜながら、近年の和田の一側面をクローズアップすることを目指します。

エイヤル・セーガル
GROUND LEVEL

2018 年 2 月 17 日(土) – 3 月 17 日(土)

[火 – 土] 11:00 ‒ 19:00
[日・月] 休廊

[オープニングレセプション]
2月17日(土)18:00-

[アーティストトーク]
2月17日(土)19:00 –

協力:駐日イスラエル大使館

 

第 10 回 恵比寿映像祭 「インヴィジブル」
地域連携プログラム「Displace」vol.2

 

LOKO GALLERY
Artist in Residence Program
for Israeli Artist 2018

イスラエル人アーティスト エイヤル・セーガルの日本初個展を開催します。

本展は、ギャラリーとイスラエル大使館との協業によるレジデンスプログラムの成果展であり、また、第 10 回 恵比寿映像祭「インヴィジブル」との地域連携プログラムとしてギャラリーが日本とイスラエル、2人のアーティストによる 2 つの個展を連続開催する企画「Displace」の 2つめの展覧会でもあります。

セーガルの制作におけるキーワードは “場所”。彼の作品では、特定の場所にまつわる記憶や歴史、人の営みやその痕跡が叙事詩的に描かれます。そして、独立した複数の映像作品が構成、配置され、相互に影響を与え合うことにより、展示空間の “場所” そのものも作品の要素とするサイトスペシフィックなインスタレーションに昇華 されます。その空間のなかで彼の硬質な映像はまるで立体作品のように存在し、画面に登場する作家自身の肉体はブロンズ彫刻のように場を変容させます。

展覧会タイトルの「GROUND LEVEL」(=Ground State/ 基底状態 ) とは、量子力学において、原子や分子のとりうる最もエネルギーレベルが低い、つまり動きが少ない状態を指しますが、本展のために選ばれた作品群にはさまざまな動きが含まれています。それは、垂直や水平の移動、回転といった物理的な変位だけではなく、歴史の流れやイメージの循環、生と死の往来でもあります。セーガルは、LOKO GALLERY の立体的な空間に様々なベクトルのエネルギーを配置し、それらを絶妙にバランスさせることにより、「GROUND LEVEL」を作り出すことを試みます。

東京でのレジデンス期間中に完成される、展示パズルの最後のピースとなる作品は、生と死にまつわる、ユダヤと日本、2つの文化を象徴する2つの歴史上の物語をモチーフにしています。長い年月を経てもなお存在し続ける痕跡としての場所に焦点をあてることで、すでに失われた登場人物たち、そして歴史を超えて連なる私たち自身の姿を露わにします。

 

 

エイヤル・セーガル / Eyal Segal

ドイツとインド、2つのルーツを持つユダヤ人として 1982年イスラエル・アラドに生まれる。テルアビブの Shenkar College of Engineering and Design で学んだのち、5年間にわたり世界的ビデオアーティストであるシガリット・ランダウのスタジオディレクターをつとめた。2013 年 The Negev Museum of Art (ベエルシェバ , イスラエル )での初個展以降、世界各地で作品を発表している。セーガルの作品は、具体的な “場所” を出発点とし、記憶や歴史との関わりにおいて、自己理解を試みるものである。複数の別個の映像を組み合わせマルチチャンネルで提示することで、展示空間における位置的な関係性をも織り込み、新たな解釈の可能性を生み出す。

 

清水玲
grassroots prophet

2018 年 1 月 16 日(火) – 2 月 15 日(木)

[火 – 土] 11:00 ‒ 19:00
[日・月・祝] 休廊

[アーティストトーク]
2月10日(土)19:00 –
ゲスト:小澤慶介

第 10 回 恵比寿映像祭
「インヴィジブル」
地域連携プログラム「Displace」vol.1

清水玲による個展「grassroots prophet」を開催いたします。

本展は第10回恵比寿映像祭「インヴィジブル」との地域連携プログラムとして、当ギャラリーが日本とイスラエルのアーティストによる2つの個展をキュレーションした企画「Displace」の1つめの展覧会でもあります。

清水は空間とその背景との関係性に着目し、主に文字を用いて制作を行ってきたアーティストです。2011年 以降は国内外でのフィールドワークをもとに、建築・映像・テキスト・音声などを用いたインスタレーションに取り組んでいます。

本展のタイトル「grassrootsprophet(草の根の、名もなき預言者)」は、逆因果、つまり過去が現在や未来に影響を及ぼすのではなく、未来が過去に影響しているとしたら、私たち一人ひとりの存在はどのように過去に影響しているのだろうか、ということを清水がふと思いついたことがきっかけになっています。

漢文学者・白川静は「漢字には文字が生まれる以前の悠遠なことばの時代の記憶がある」といったことを『漢字』のなかで論じています。漢字や文字はそのような呪術的要素を秘めている一方で、現代においては日常 に溶け込んだ道具、あるいは意識から遠のいた記号になっているともいえます。清水が制作の素材として文字を扱うのは、日常空間の背後に太古から潜むそうした「無意識」や「空気」を可視化できるのではないかと 考えているからです。

今回の個展では、台湾でのレジデンスをきっかけに知り合った、日本統治時代の台湾で生まれた“湾生”と呼 ばれる日本人へのインタビューを基に、「逆さ歌おばあちゃん」として知られる中田芳子さんとのセッションなども取り入れた映像作品を中心に、2層吹き抜けのギャラリー空間を利用したインスタレーションが展開されます。

 

 

清水玲 / Ryo Shimizu

1977 年香川県出身、神奈川県在住。空間とその背景との関係性に着目し、主に文字を用いた作品を制作している。2011年以降、国内外でのフィールドワークやインタビューをもとに、建築、映像、収集物、リサ ーチ資料、音声や文字を用いたインスタレーションに取り組んでいる。

http://ryoshimizu.jp/

藤堂
バウ / バウ

2017年11月24日(金)‒ 12月23日(土・祝)

[オープニングレセプション]
11月24日(金)18:00 ‒

[火 ‒ 土] 11:00 ‒ 19:00
[日・月] 休廊

彫刻家・藤堂による個展「バウ / バウ」を開催いたします。

「関東大震災で倒壊した建物のレンガ」や「ベルリンの壁」といった特殊な来歴を持つ瓦礫や鉱物、古書などと積層ガラスを組み合わせた諸作で知られている藤堂ですが、日常的に描き継いでいる大量のドローイングや、木箱を “小さな空間” と捉え無数に組み上げたインスタレーションなど、その作品のヴァリエーションは多岐にわたります。 素材固有の質感・アイデンティティが直截に活かされながらも、職人的な手業による異化を経て研ぎ澄まされた作品は、国内外で注目を集めています。

多様な藤堂作品に通底する要素の一つが「素材」や「空間」に対する関心です。ここにも様々な側面があります。

たとえば彼の作品における積層ガラスは、鉱物が秘める時間性や、かつて建築物の一部だった瓦礫の歴史性のなかへ私たちが潜り込んでいくための触媒のようなものとして捉えられることが少なくありません。ガラスを積層させ磨き上げていく作業は、それぞれのマテリアルが有する物語を覗き込む、もしくは剥き出しにすることにも似ていると藤堂は語ります。

一方、藤堂が彫刻家として目論んでいることの一つに「彫刻の存在によって、周囲の空間の質を変える」ことがあります。そして物体の中にガラスを出現させることは、彼にとって “ものの中の空間を見せる” ことをも意味します。作品そのものの中に空間を存在させる、さらにその作品の素材はかつて別の空間を構成していた建築物の一部である、 といった重層的な作品構造は、素材や空間、また建築に関するさまざまな視点を象徴的に炙り出しているかのようです。

本展のタイトル「バウ / バウ」は、ドイツ語で「解体」や「撤去」を意味する “Abbau” 、「建造」や「構造」の意味を持つ “Aufbau” という2つの単語を示しています。今回の展覧会は、建築工事用の足場を用いて空間を再構成するインスタレーションを軸に展開。ギャラリー空間に対するダイナミックな建築的アプローチとともに、彼の創造の源でもある、「素材」や「空間」を取り巻く刺激的な世界に迫ります。